こばし鍼灸(掃骨)院 の日記
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#105. 《陳旧性ムチウチ損傷の治療報告》再掲
2021.05.30
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【古い ムチウチ損傷の治療報告】医道の日本2005年4月号より
《 患者20代女性の症例 》
【現病歴】
10年前、17歳・高校2年生のとき、信号待ちをしていた交差点で、右折するトラックのバックミラーで、左乳様突起(風池穴付近)を強打され、支えていた自転車ごと吹っ飛ばされた。
膝に擦過傷があったが、若さ故の恥ずかしさが先立って、「大丈夫です。」と、逃げ帰ってしまった。
帰宅してから後頭部の打撲痛と青アザにも気付いたが、膝以外には目立つ外傷も見当たらなかったため、これも放置した。しかし、日を経るごとにだるさが増し、集中力を欠くようになった。
20歳で結婚。
育児が加わるに及び、日常生活の著しい不都合のため、整形外科・脳神経外科等の病院通いと、コンプリメンタリー(補完医療)のはしごが始まった。が、何れも格変なく、2~3年ですっかり諦めてしまい親御さんの支援を受けながらの日々だったという。
そんな中で、1995年4月から来院していた父親(当時62歳)の腰、膝、肩、腕などの全身の症状が寛解していく姿を見て、もう一度チャレンジする気になった。
とりわけ興味を引いたのが、父親の少年時代の脛の傷痕。幼い頃の怪我がもとで 茶色い枯れ葉の様に変質した向こう脛の傷痕が、施鍼部だけピンク色に盛り返して来る事だったという。
(この時のこの処置は、ただの余興にすぎなかったのだが――)
【主 訴】
「左半分(ちょうど僧帽筋の領域から上肢全体にわたって)がすごくだるい。左目はピリピリするし、頭もおかしい、手も痺れる。」
【触 診】
主訴に一致した領域すべてに圧痛・硬結が強く、全体が棒状、板状。
【施鍼感】
全体に干物様、煮詰まり様の感触で、特に左頭蓋底から頚部の内在筋は、骨格との境界が不鮮明。石灰沈着・癒着が著しく、古ゴム様・軽石様などと施鍼感は雑多。
【治療および経過】
(→「」は後日のコメント。又、刺激量は患者の堪え得る限度を勘案して、記録していたものを後日5段階で表示しなおした。)
1995年9月27日(初診)
10月2日
電気鍼および乾式吸角療法を併用。変化が出にくい。
10月16日
念のためドクターを紹介。受診の結果は、「頸椎捻挫後遺症。頸部に軽い変形が認められる。ビタミン剤の処方と、運動療法を指示した」とのこと。
→「今までも散々遣ってきた。そんなもん効かへん❢❢❢」
11月 6日
寸6✕4番(50mm長✕0.22mm径)の鍼を主に、硬結を骨格に生えた“キノコ”にたとえれば、形は様々だが、“カサ”の部分を雀啄術で幅広くほぐす。刺激量+。
→「ほぐれたなと言う実感は1日のみ。ただし、痛みの種類は変わってきた」
11月16日
治療は前回同様で、刺激量を++に。
→「当日のみ頭痛が残り、その後3日くらいは楽。治療を続ける気になった。」
11月24日
前回同様。刺激量+と、低周波鍼通電(日本メディックス社セダンテ520)で15分。
→「電気治療では、だるさが取れにくかった」
11月29日
夾脊穴で内臓の働きを加味。キノコの“軸”の部分まで解す。刺激量+++。
→「ちょっと楽かな」
12月1日 9日
表~中層の筋の緩みから深部の異常がキャッチしやすくなってきたので、2寸✕8番(60mm✕0.3mm径)鍼を投入。体調に応じて可能な限り深部までほぐす。
→「治療後の2~3日は、受傷当時の偏頭痛が再現」
*「懐かしい頭痛…」とは言うものの、かなり強烈な痛みだったそうだ。(後日談)
12月11日 13日
治療法、前回に同じ。新陳代謝促進を期して乾球併用。
→「頭痛・瞑眩ほとんど出なくなってきた」
1996年1月8日 10日
「家(族)中で風邪引いてしまって来られなかった。体調が悪くて8割方ぶり返した」とは言うが、施鍼感は幸いなことに、“元の木阿弥”にはなっていない。治療法、前回に同じ。キノコの “根っこ” までほぐす。刺激量+++。
→「頭や首を振り回さずに済むようになった」
1月12日 18日 29日 31日 2月5日
直刺・斜刺等の鍼法に拘らず筋繊維、目地に沿った雀啄術。
→「治療後2~3日は全く不調を感じなくなった。その後はちょっと不安になる」
2月10日 23日 3月5日 7日 19日 4月26日
骨格を受け皿にした施術(掃骨鍼法)にも慣れてきたことから、自覚症状を徹底的に聞き取りながら、異物化した局所、とりわけ頭蓋底を含む筋の起始部・停止部・附着部を徹底掻爬していった。
手技は蚕食するがごとき細心の雀啄術。 刺激量++++。
患者・術者ともに、真剣白刃の全力投球が続いた。
8月30日
久しぶりの来院であったがこの度は雨降りで転倒、腰痛の治療だった。その後は、ADLに伴う正常範囲と思われる疲労の治療に留まっている。
【 考 察 】
生体は、然るべき刺激と血流によって、毛細血管は10分で増殖し始め、骨にも圧電極性(ピエゾ現象)が発生し、骨細胞の再構築能が高まると言われている。
一方、頭蓋底には左右20対もの筋の起始部・停止部があり、“首”と称される細く くびれの部分は、頸椎を軸として神経・血管・内在筋で埋め尽くされている。
そこに、自動車事故と言う理不尽な暴力に拠って、自己の治癒力を遙かに越えて傷つき錆びつき、栄養されることも困難となった深部組織。
レントゲンなどの諸検査で、骨格に異常が証明されなければ我がままとされ、諦めるしかないのがムチウチ損傷の現状らしい。平成24年現在、今もって尚❣
自覚症状があるのに、生体や脳が認識しなくなった、もしくは認識しても治癒力の及ばない、不完全燃焼のまま立ち消えしてしまったその病巣に、鍼灸、とりわけ“ハリ”なら、直接アプローチすることができる。細い鍼という道具で、古傷を小さな新しい傷に変えて行く。新しい傷だからこそ、生体の治癒力は真価を発揮できる。
この行為を繰り返し繰り返し行って、老廃物を徹底的に掻き出した結果、Aさんの古いムチウチ損傷を、治癒に導くことができたと考える。
(この時点ではFasciaや線維芽細胞の認識が無かったが、これこそ線維芽細胞たちの真骨頂であったろうと、今胸撫で下ろしている。)
150cmそこそこの華奢な女性が、毎回60~90分に及ぶハードな治療に耐えて、結果的におよそ半年間20数回で回復。
そこには、何よりもご本人の≪加療反応(一過性の頭痛、発熱、排便、排尿、生理日や量の変化、青ジミ等々)≫を厭わない強靱な精神力があり、またその背後には、ご一家の、鍼灸治療に対する、
体験を通しての信頼とご理解があったとは、双方にとって誠にラッキーなことであった。
身体は、どうしても辛い不愉快なサインしか出さないようだ。しかしそれは、生体がどこまでも自力で治そうとしている証拠だとも言える。私達は、その病巣を克明に探り出し、フレッシュな血液を送り込んで、老廃物を洗い流すお手伝いをする。
その血液の質をよくする責任を、患者さまに託して。
骨格は 身体の大地 掘り起こせ 潜在治癒力 よみがえるまで
――結――
P/S 彼女の場合、若さ(幼さ)故の経緯から、自賠責保険など無縁で過ごしてしまいました。
老婆心ながら、この様なトラブルに際しては、細やかであっても念のために、必ず相手の住所氏名を確かめておくこと、必要ならば警察に届けるべきです。
➡自賠責保険の問題。
(ここ3年の間、条件が緩和されていなければ)ムチウチ損傷系の事故の上限は200万円程度だそうです。当然のことながら、先ず医者様が責任を負われます。その次に大きな顔をしているのが柔道整復。鍼灸に関しては「原則、認めてはいないのですが、被害者様がご希望なので…」(しょうがないから、払って上げます)と言うスタンスです。それでも患者さまが有効な治療を意思表示出来ればラッキー。
ご存じなければ半年後、「はい、最善を尽くしました。症状固定しました。示談どうぞ。」でチョン。
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《頭蓋底に起始・停止する筋は左右20対》
ここが凝り詰めているなら、首を絞められているのと同じ。解ぐしましょう。